社員旅行の最終夜、彼女がキーをポケットへ
【架空の成人小説。登場人物は全員25歳以上の成人】
ポケットのルームキーはまだ冷たく、八階の廊下の端まで海風が届いていた。彼女は、今返していい、とすでに言っていた。
彼女は三十二歳で、僕は二十九歳だ。同じ会社の、同じ職級で、どちらも相手に報告しない。社員旅行の最終夜だ。夕食は一杯ずつで、そのあとのグラスは水だけだ。みんなが歌いに行ったとき、彼女は隣を歩き、腕は取らなかった。八階でキーをポケットに滑らせ、手はすぐに引いた。
今返していい、と言った。上がってもいい。上がることは命令ではない。
僕はエレベーターの外で止まった。廊下の灯は区間ごとに点く。先に残りを聞かせて、と言った。
消火器の横に立つ。どちらも寄りかからない。今夜何かが起きるとしても、酒のせいにはしない。ポケットにキーがあるせいにもしない、と彼女は言った。しらふだ。自分に聞いた。上がってほしい。あなたもそう思ってほしい。思わないなら、キーを返して。明日のバスでは頷くだけ。罰はない。止まると言えば、そこで止まる。確か?
しらふだ、と僕は言った。あの一杯は何時間も前だ。上がりたい。会社を離れているからでも、ポケットに何かがあるからでもない。残りたい。あなたが止まると言うか、僕が止まると言うか。言えば止まる。月曜の日程には触れない。同意している。
わかった、と彼女は言った。ドアの前でも、同じ返事を聞く。日程は日程。夜は夜。
すぐには歩かない。首から名札を外し、自分の鞄に入れた。この二日、名札を部屋に持ち込まないで。持ち込むと、まだ会議みたいになる。八階の絨毯が足音を飲む。
開ける前に止まる。ベッドサイドの灯が、すでに隙間から漏れている。入りたい? 今夜、残ってほしい? どちらが止まると言ってもいい。言えば止まる。次の文で、あなたを押さない。私も押されない。
入りたい。残ってほしい。あなたが止まるか、僕が止まるか。止まると言えば、止まる。
頷いてから、キーを使った。部屋にはベッドサイドの灯だけ。外は海だ。人は見えない。灯が水面で割れている。窓枠に座り、近づいていい? いい。キスしていい? いい。手は腰に置いていい? いい。ここで座っているだけ、と言うなら止まる? 止まる。
長いあいだ見て、返事が同じ人のものか確かめた。それから、いい。ゆっくり。今夜、明日のバスは約束しない。
そのあとは灯と、水面から来る風に残した。声は廊下に出さない。止めるときは彼女が先に言う。僕も一緒に止まる。額が肩に当たるまで、息を揃えた。
この夜を、旅行の余りものには書かない、と言った。余りものは、選んだことを否定する言い方に聞こえる。ここにいるのは、私が頷いたから。あなたがいるのは、あなたが頷いたから。灯がついているのは、その頷きを二人で見るため。
見ている、と僕は言った。
朝、彼女はまだいた。キーはテーブルの上で、横に一行。見送らないで。月曜は同僚。
二度読んで、撮らなかった。ドアの前で彼女が止まる。後悔する?
後悔する人は、朝までキーをテーブルに残して、自分で取らせたりしない。
短く一度笑った。バスで隣に座らないで。隠すためではない。夜を部屋の中に残すため。まだ望むなら、次の月曜の前に句点を一つ。送らなければ、キーは返したことにする。
わかった。
バスで僕は後ろに座った。彼女は前の窓側。休憩所では、会議のあとの人のように頷き合った。海はもうない。何も送らない。会いたい気持ちが、日程表から離れるまで、句点は待つ。
自分の部屋でポケットを返した。キーはない。テーブルには、彼女が残した一行だけ。紙は折って上着の内ポケットへ。撮らない。窓の外の海は、白い線に退いていた。二十九歳だ。彼女が先に頷く言葉を待てる。日程と夜を、自分で分けられるまでも待てる。
月曜の昼、名簿は仕事の文だけだった。便、部屋、誰が精算するか。僕は便だけ返した。一字足すと、海辺の灯を連れてきそうだった。昼、彼女は机の端を通り、ペンを置いた。これは会議室の、と。礼を言った。キャップは冷たい。声を、他人が勘ぐるほど低くはしなかった。
火曜の夜、句点を、鳴るもののように待ちかけた。顔を洗い、乾いた靴下に履き替えた。見栄ではない。埃を、ベッドサイドだけの部屋へ運びたくなかった。日程に押し込まれたように入りたくない。入るなら、望むと言ったからだ。
水曜の夜、書けかけた文を消して、点だけ残した。送る前に長く見た。彼女も点を一つ返した。
木曜、海辺ではないホテルの名が来た。階も違う。ドアの前でもう一度聞く。嫌だと言っていい。三十二歳。二十九歳。職級は同じまま。どちらも、どちらを評価には書かない。
まだ望んでいる。しらふだ。ドアの前で帰していい。
ドアの向こうに灯があった。三つの問いをもう一度。入りたい? 残ってほしい? 止まると言えば、止まる?
一つずつ、いい、と答えた。
それから開けた。ベッドサイド。窓枠。今度の外は海ではなく、静かな通りだ。名札は鞄の中に残し、出さない。三十二歳、二十九歳、二人とも成人で、まだ後悔していない。あとで後悔したら、止まると言って。
今は後悔していない。止めるときは言う。
二度目の夜は、一度目より静かだった。問いはもう済んでいる。残るのは息と、誰も灯を消さないこと。終わるとき、襟を直し、名札の姓より急がない名前で呼んだ。来週の定例で、向かいに座る? 座る。向かいは仕事だ。仕事を、今夜と引き換えにしない。
そう。定例は日程だけ。終わったら、各自の席に戻る。
明け方、僕が先に降りた。通りまでは送らない。通りは、説明のいる距離に二人を変える。一度だけ振り返ると、窓の灯はもう消えていた。ポケットにキーも名札もない。
月曜の定例、彼女は向かいだった。投影はついている。話すことは話し終えた。部屋が空くとき、僕の椅子の横を通り、指の節が机の縁に触れた。偶然に見えるほど軽く。追いかけない。会議室の灯はついたままで、僕たちとは関係がない。次の句点が来るなら、そのときまた答える。それまで、キーを人に見せる必要はない。
散会のあと、ペンはペン立てに戻した。戻すとき一秒止まり、海辺の紙を日程に挟んでいないか確かめた。紙は上着の内ポケットにある。あった夜の証拠で、次の週の証拠ではない。彼女は三十二歳、僕は二十九歳。同じ職級は、同じ職級のままだ。灯がまたつくなら、二人とも頷いたあとだけにつく。
夕方、一字が来た。いる。僕も、いる、と返した。送る前に三つの意味を読み直した。望む。残る。止まると言えば止まる。三つとも、まだ有効だ。会議室の灯は消えている。海はこの街にない。次の望むは、次のドアの前に残す。日程には先に書かない。日程は更新できる。頷きは、代わりに書けない。次のドアでも、先に聞くのは彼女だ。
- 公開ライブラリ
- 契約最終日、名札と部屋番号を渡す
- 隣の沈さんが靴箱に鍵を置いた
- 結婚記念日、カーテンを閉めたあと
- 年夜飯の乾杯のあいだ、物置の灯が消える
- 雨の夜、ホテルを言った。ミラーの運転手は聞かなくなった。
- ホテル撮影|残業のあと「帰りは聞かないで」
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- 夜のアポ|ドアの前で指輪をバッグへ
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- リビングの灯はついたまま。隣がノックしてくる。
- 初めて自分でカメラを据えて、笑って枕に顔を埋めた。
- 赤いドレス|向かいの席で夫が煙草を吸う
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